野良猫の多くに片耳の切れ込みがあった
駅から離れるにつれ、再び猫の数が増えていった。
こんなにまとまった数の猫を見たのは生まれて初めてだ。さっきすり寄って来た猫がまた近づいて足にまとわりついてきた。見ると左の耳にV字の切り込みが入っている。喧嘩でかじられた傷にしては切り口が綺麗過ぎる。他の複数の猫達にも左右片耳だけ切り込みが入っているのが目視できた。
歩き疲れたので腰掛けるのに丁度良さげなコンクリートの台に落ち着いた。携帯を取り出しネットで猫の耳の切り込みについて調べてみた所、理由が判った。
TNR地域猫活動という、野生の猫を捕獲し不妊去勢手術のち元いた場所へ戻し地域猫として住民達がその猫達を終生世話をするという活動があるそうだ。不妊去勢手術を施した猫を誤って捕獲しないように耳に切り込みを入れている、との事だ。雄には右、雌には左の耳に入れるらしい。
この猫たちに餌を与え糞の始末などをしている人達がいるのだろう。ひとが近づいても逃げないわけだ。
さっきからまとわり付いて来る、白地にグレー模様の猫と目が合った。薄いブルーの瞳だ。
ニャアとか細い声で鳴くと腰掛けている台まで跳んで来て背中に体を擦りつけてきた。そのうち寝転んでお腹を見せてはまた一声鳴いた。
構って欲しいのだろうか。数十年振りに猫の顎に手を触れた。瞼を閉じて両手をピーンと伸ばしてきた。
右眼のフチに赤い目ヤニが硬くこびりついている。それにお腹の広範囲にピンク色の傷痕が見受けられた。喧嘩傷か手術痕なのか心無い人の仕業か、どちらにせよ痛々しい光景だ。
こんな傷を負ってさえ無防備に初対面の人間へ体を預ける猫を撫でていると、幸福な最期を遂げなかったであろう我が家の茶虎猫の事を思い出し、なんだかやるせない気分に囚われた。

我が家から猫がいなくなったその晩、酔って遅く帰宅した父は可哀想な事をしたと言って泣いたらしい。そして母をなじった。俺の言うことを真に受けてあんなとこに連れて行きやがって、本当は一緒に引越し先へ連れて行くつもりだったのにと。
犬訓練所に預けるというのは嘘で、本当は保健所に連れて行ったのだ。後年、母が父に対する愚痴のついでみたいに告白した。
統計資料を調べてみると私が子どもの当時、犬猫の引取数全体に対する殺処分率は98%だった。酔いから醒めた父が保健所へ出向いて猫を引き取りに行けば残りの2%に入っていただろう。結局、父はそれをしなかった。
猫を撫でているとひとから声を掛けられる
「ようなついとるねぇー」
カートにつかまり歩いていたお婆さんが足を止めて、私が撫でまわしている猫を見ながら声を掛けてきた。
猫は私の投げ出した足に頭をもたれかけながら欠伸をしている。その呑気な仕草にお婆さんの顔から笑みがこぼれた。
「あたしら毎日ここ通る時その子を見るけど近寄って来たりせえへんもんねえ、猫にはわかるんやろなあ」
そうなんですかと応えると、猫はようわかっとるわハハハッと笑いながらカタカタとカートを押して立ち去っていった。
撫でまわしているうちに、 写真撮影をしようと思い立ち携帯を取り出しバシャバシャやっていたら「あのう」と不意に背後から声をかけられた。振り向くと 自転車にまたがった中年の女性がこちらを向いている。
「もう餌あげちゃいました?」
それから続けさまに何々ちゃん見掛けましたか?と訊いてきた。
いや、とだけ応えると女性は何々ちゃんはこの道路から先には行かない子なんですよ〜と歩道を横断するすぐそこにある道路を指さした。
あ〜そうなんですかと応えると頷いて道路を越えたその先に去って行った。よく声を掛けられる日だ。
さっきの女性はこの猫や何々ちゃんに普段から餌を与えている人なんだろうか。そして見当たらない何々ちゃんの身を案じて探しに行ったのだろうか。何々ちゃんというのはきっと猫の名前なんだろうな。
さて、あてども無い散歩の日々に今日は細やかな変化があった。
- 猫を飼っていたことを思い出した(苦い記憶とともに)
- 数十年ぶりに猫に触れた(毛が服にいっぱい付着した)
- 地域の人たちと会話をした(あ〜そうですかの一言だけれど)
また来るな、と猫に声を掛けて立ち上がった。
それから子どもの一人に猫の毛アレルギーがいることを思い出し、念入りに毛をはたき落としたのだった。
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